05:体育館裏の日陰
此処はいつもなら風が通るのに、今日は空気が淀んでいる。そのくせ空はからーんと晴れている。妙にちぐはぐで、天候に合わせて泣くことも笑い飛ばすこともできなかった。どこに行くんだろう、この気持ちは。おなかの中でもてあまして、時折ずんと重くなってあたしを苦しめる。もちろんこんな感じじゃ部活に出席なんてできないから、さぼっておいた。
「おいこらサボり娘」
「…うっせーよ。痛ぇよ」
物思いにふけっていると、いきなりバスケットボールが当たってきて。それなりに痛かったからボールが来た方を振り返ると、男バスの同級生が立っていた。…仮にもあたし女なんですけど。
「いいじゃんサボったって。あんたに関係ない」
「関係ある」
「なんでよ」
「先生にお前読んでこいって言われた」
「…ご愁傷様、行かない」
そういって頬杖をつくと、彼の舌打ちが聞こえた。怖いっての。しばらくそのままでいると、奴はぼんぼんボールをつき始めた。ドリブルなんてかっこいいもんじゃなくて、あんたがたどこさーみたいなの。バスケットボールが泣くぞ。
「あのさ」
いきなりそんな声が聞こえたもんだから、変に思って横目で彼を見てみる。彼は両手でボールを持っていた。しかも胸の前。プラスうつむいている。
ああ、とあたしは思った。やっぱり、此処で昨日あんなことをしたのはまずったな、と。
こいつは聞いてたに違いない。
「うん?」
自分を嘲るように鼻で笑って、彼に言葉を促す。彼はしばらく黙っていたけれど、ふいと顔を上げて聞いてきた。あまりにもストレートすぎる表現で。
「ふられた?」
その直球さに思わず吹き出しそうになった。ついでに目頭も熱くなった。まあ、そんなはっきりしすぎた言葉に傷つかないほど、あたしも大人じゃない。でも彼には気取られないようにした。なんか、困らせそうだったし。
声の震えを最大限に抑えてみる。
「ふられた」
「ここで?」
「うん」
そう、昨日振られた。ここで。
初めて惚れた場所で振られるなんて、きついものがある。此処を選んだのはあたしだから、自業自得なんだけど。
部活入りたてでさ、頑張りすぎたんだよね。熱中症みたいになっちゃって。でも誰も気付いてくれなくて。自分でも気付かなかったから仕方ないけどね。でもさぁ、先輩は気付いてくれたみたい。休憩時間に引っ張ってってくれて、ここに。今悪いけど、そのとき風通しすごくよくってさ。休ませてくれたんだよね、飲み物くれたりして。気持ちよすぎて眠っちゃって、でも怒られなかった。先輩が、女バスの部長に言ってくれてたんだって。
「そいで、これよ。バーンって」
あたしは自分の胸に、手で作った銃を突きつけた。すると彼は目を泳がせながら、あいまいに笑った。困るわな、こんな体験談語られちゃ。
ふーぅ、と大きく息を吐き出す。また目頭が熱を帯びてくる。
「馬鹿みたいだけど、まじめな話、うまくいくかなって思ってた」
こぼれそうになったから、タオルに顔をうずめて受け止めた。じんわりと、水気が広がる。それと同じぐらいのタイミングで、彼の足音が聞こえた、じゃり、と石を踏みしめる音。だんだん遠ざかっていく。
30秒ぐらいして、またその音が戻ってきた。今度はだんだん近づいてくる。隣まで来て、それまでとは違う、かこんという音が下のほうから聞こえた。
顔からタオルをどけてみると、アイスココアの缶。
「なに、これ」
「とりあえず飲めば」
見上げてみると、彼も同じ物を飲んでいた。よく「正しい牛乳の飲み方」とかってふざけてやる、あの格好で。(小指立ててぇー、腰に手を当ててぇー)
水滴が缶を滑っていく。まるで汗を書いているようなその缶を取り上げてみた。思い切り印刷されている、「アイスココア」の文字。指でその周りをぬぐってみた。
「なんでこんなむつこい物持ってくるかな…」
小声で呟くと、彼は思い切り驚いた顔で私を見下ろした。
「いっつも飲んでるから好きなんかと…」
ああね。私がいっつも飲んでるのはカフェオレだよ。心の中でつっこむ。そういえばカフェオレとココアってパッケージ似てたっけ。おかしくなって、ふっと笑った。
「あれ実はカフェオレなんだよね」
「…まじで?」
「うん、あんまりココア好きじゃない」
「……」
プルタブを起こすと、夏には気持ちいい音がした。缶ビールをあおるように、思い切り飲んでみる。いつも飲んでるカフェオレより甘い。甘ったるい、っ手いったほうが合うかもしれない。それに、なんだか、優しかった。
その拍子に、目の端からぽろっと雫がこぼれ落ちてしまった。
彼は見てしまったみたいで、慌てて顔をそむけている。私も急いで顔をタオルにうずめた。
「あーあ、ココア嫌いすぎて泣けてきた」
「…へえ」
ジー、ジー。蝉の叫び声が聞こえる。夏だなぁ、とか、蝉って一週間で死ぬんだっけ、とか、気を紛らわすためにいろんなことを考えてみたけど、頭がごちゃごちゃして余計に涙が落ちる。
思い切り鼻声で言ってみる。
「謝ってよ、これまずいよ」
そしたら、やたら真剣な声で彼は言った。
「…ごめん」
だから、またそれが私の涙腺を緩めて。
「……謝んないでよ…」
風が、すうっと吹き抜けていった。
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ほろ苦い青春。不毛の恋をしちゃうのが青春ってもんよねっとどっかに書いてありました。妙にうなずいてしまいました(←シリアス&悲恋好き)
御題提供:
unskillful様